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現実かフィクションか

 投稿者:南山鳥27  投稿日:2017年12月16日(土)19時41分47秒
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或る作品を書いたが、それについて、どう考えればよいのか、迷うことが
ある。一応終わりまで書いたとき、生涯において、最上の作品(短編)だ
と思った。この方向性で、今後も書き続ければ、もっと自分で評価できる
より良い作品が書ける可能性があるが、これまで書いて来たものを思い起
こすと、この作品は最上である。バランス的に(物語の進行や、記述の密
度等、色々な面で)うまく構成されていて、作品が完結している(実は、
何が完結しているのか、従来の「物語」の基準では、よく分からない。完
結していないようにも見えるし、最後の場面は一体何なのか、幻想だとい
うことは分かるが、では、どこから物語内部の「現実」のできごとの進行
が、幻想か幻覚か、想像が何か分からないものに変化したのか)。

この境界がはっきりしない。小説世界には、話の現実世界が設定されてい
て、奇蹟とか超現実が起こるわけではないが、どこかで超現実が起こって
いる。最後の部分が明らかに、現実ではない。しかし、現実でもある。ど
こまでが現実なのか、よく分からないのである。

また、最後の場面というか、章に該当するまとまりの部分では、それまで
の記述とのあいだに飛躍がある。「ある情報」がなければ、こういう話に
進まないが、その「情報」を入手した経緯が作品のなかに書かれていない。
というか、書くつもりでいたが、書く必要はないと考えた。小説の中で、
何もかも説明する必要はないのだと思った。

現実の世界の事象では、実は、こういう事態が普通である。人は世界や環
境や状況について、すべての情報を持っている訳ではない。従って、「あ
る情報」がないと、あるできごとの経過が合理的によく分からない場合で
も、現実世界では、できごとだけが進行して、何故そうなったのか、分か
らないことが数限りなくある。それを考えると、小説のなかで、作者が万
能者の立場で、すべてを説明する必要はないのではないかと考えた。つま
り、作品内の出来事で、何なのかよく分からないことが生起しても、寧ろ
これは現実世界では普通のことだということである。

------

このようなことを考えて書いたとも云え、書いてから、このことに気付い
たとも、考えたとも云える。そうすると、これまで書いて来た話が、すべ
て作り物でしかないと思えた。

一般の小説作品などについて、こういう区別が立てられるのかどうか分か
らない。

作者がその生きている現実のなかで出逢った人を、作品のモデルとして描
いている場合。他方、作者が、書いた作品に出てくる登場人物は、現実の
世界には、どこにもモデルがない場合。(こう云う形に述べたのは、唐突
であるが、ウィリアム・フォークナーの作品を考えて、彼の作品の登場人
物は、フォークナーが実際の現実世界で出逢った人物をモデルにしている
のだろうと思って、他方、わたしの話の登場人物は、根本的に、この世界
に存在した誰かをモデルにしているのではない、と感じたことから来てい
る。そもそもわたしが書いて来た作品の登場人物には、現実のモデルがい
ない。モデルがあったとしても、作中登場人物は別個の存在である。……
と、あまりこういう問題についての自己の考察を書いていると、些か問題
なことが起こってくるので、ここでやめるが。疑問が解けた訳ではない)。

そもそも、解けるような疑問なのか。

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